性的虐待‥性虐待はなぜ起きる

私は実父親に幼稚園から中学2年まで性虐待を受けて育ちました。一見普通に見える家庭内で起こった犯罪。私の家庭で何が起こっていたのかを冷静に振り返りこれからの子供達を性的虐待から守ることが出来るのか、不幸にも私と同じ様な体験をしてしまった人達には何が必要かを考えて行きたいと思います。

ブログに訪れた方はまずこちらをご覧下さい。

充実した日々。やっと手に入れた自分の人生(私ごとです)

久しぶりにの更新です。

ここ数ヶ月、目が舞いそうな忙しい日々でした。この春から娘が県外の大学から帰ってきて一年間一緒に生活をするようになり、私が経営している美容室のリニューアルとおそらく私の人生で一番忙しかったかも。

 

美容室をオープンして15年、今回で2回目のリニューアルです。

 

やっと美容室もいつもの落ち着きを取り戻し慣れてきました。勝手が違うとムダな動作が多くなり、一日仕事すると以前よりうんと気持ちも体力も消耗してました。後、年齢もあるのかな笑。

 

48歳になりました。今からまたリニューアルの為の借り入れの返済、頑張らなくっちゃ!!と気が引き締まります。

 

美容室の方は従業員が私を含め、現在4人。女ばかりの職場です。来週からはもう一人パートの方が加わります。みんなの人生に大きく関わる職場。責任感を持ち、働きやすいお店作りを目指しております。

 

娘と一緒に暮らし始めた春からの生活は何か新鮮で、女子トークに盛り上がり、今のところは順調。娘が中学、高校生の頃は、内弁慶な娘に結構、私やられていました。でもまぁ、母親の前で素を出せられる事はいい事なんだろう、と耐えて?!ましたが、4年間離れて暮らした大学生活で学んだ事は大きいらしく、とても優しい女性になって帰ってきました。

 

忙しい私のサポートをしてくれたり、甘えるような言葉を言ってくれたり。昨日は洗濯槽をつけ置き洗いしてくれたりととても助かっております。

今子育て中のみなさん、私は子どもを自由に伸び伸びと、子どもの気持ちを尊重して、育てて来ました。門限や家族間のルールなどはほとんど作りませんでした。

 

絶対的な決め事として1つ作っていたのは、地震があったときの避難場所。これだけは絶対に守ろうと決めていました。助けに行きたい人がいる場合もそこの避難所に無事だということを記して、自分の守りたい人を探しにいくようにと。

 

厳しくしつけなくてはこの子が大人になったら困るのではないか、と考えて子育てしている方、多いと思いますが、大丈夫です。

 

子どもの本来持っている力を信じて見守り、親は親で子どもに恥じないような行動をする。これさえしていれば子どもは大人の背中をみて学び、自尊心を持ち、独り立ちできるのではないでしょうか。

 

息子は高校を卒業して県外へ就職しています。24歳で結婚をして、可愛い奥さんと仲良く人生を生きています。これまた大きな野望のある息子で、小学生の頃から「多角経営者になる!」と言っていました。現在はサラリーマンですが、副業で夢につながる第一歩を始動しているみたいです。

 

最初の結婚は二十歳の時。その結婚生活は11年で終わりました。今の主人とは再婚で、付き合いが始まってからはもう7年くらいになるのですが、籍を入れてからは1年です。娘がこの春一緒に住むようになってからは、主人には申し訳ないですが、私がどうしても3人で住む事に不安があり、後、部屋数も無いので(娘と主人は気にして無いのですが)夜は主人の実家に帰ってもらっています。

 

私は自分自身の両親とはここ数ヶ月、連絡をとっていません。おそらくしばらくは取る事はないでしょう。それが今は私達、親子の自然な距離だと思っています。親と精神的に離れることで、親子関係を客観的に見ることができるようになりました。

 

私は高校を卒業してから今まで、仲の良い理想の母娘を自分のモヤモヤした感情を押し殺し、演じてきました。極力自分のモヤモヤした感情を見ないように、心の闇に気がつかれないように、笑顔を絶やしませんでした。

 

私にとって両親は偉大で、感謝して尊敬しなくてはならない者、と思い高校を卒業してからは反抗もすることありませんでした。

 

そんな関係でしたが、一年ほど前、私がほとんど口にしなかった子どもの頃受けていた虐待を口にするようになり、話し合えば話し合うほど考え方の違いが浮き彫りになり、数ヶ月前にとうとう私が関係を切るという形で現在になります。

 

関係を切ると言っても戸籍をどうこうではなく精神的な関係です。「私も頼らないからそっちももう頼ってこないで。これからはお互い別々に生きていけば良いと思う。私はこれまで良い娘をやってきたでしょ。もう充分でしょ」と伝えました。

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それからです。私の中で目まぐるしく心境の変化が起こりました。客観的にこれまでの関係を見直すことができ、親に言い続けられてきた価値観から脱却することができ、自分の価値観で生きることが、やっとできるようになりました。

 

今まではどこか自分のいる世界を磨りガラスを通して見ているような感じで、自分であって自分ではない人生でした。人から私の人生を羨ましがられようとも、何が羨ましいのかわかりませんでした。それより「長生きしたい。死ぬのは怖い」と言える方が、私にとってはずっと羨ましかったです。

 

でも今は違うんです。自分の生きてきた証を残したい、と考えるようになりました。住まいも今は賃貸です。それが良いと思っていました。死んだら解約して、跡形もなく生きてきた形跡をなくしたかったのですが、今は違います。自分の家を持ち、できれば残したいと考えが変わりました。

 

美容室も私の代で終われば良い、と思っていましたが、今は誰かに後継いでもらいたいと思うように変わりました。

 

やっと磨りガラスを通してではなく、自分の目で人生を見ている感じが強くあります。自分の考えで決めて行動する。今ままでもそうしてきたのかも知れませんが、実感がなかった以前とは違います。そうなれば物事も次々と不思議と上手く運びます。必要な閃きもあり、充実した毎日を実感できるのです。将来の夢も明確になります。

自分がしたい事がハッキリと見えてくるんですよね。勇気も湧いてきます。自信も出てきます。

 

 

もっと早くに気がつくべきでした。今なら「加害者を訴えて処罰を受けて欲しい」と思います。でももう被害を受けてから私は30年経っています。もう時効です。家族の中に加害者と被害者がいる。自分が訴えれば、家族が崩壊する。そんな重大なことになかなか決断なんてできない。やっと洗脳からとけたときには、もう遅すぎるとは。時効は必要なんでしょうか?

 

私のように何らかの重度の虐待を受けていた方、一旦、精神的に自立して家族から離れてみる事が私は必要だと思います。それはとんでもなく辛い事かも知れませんが、自分で生きる事ができて、初めて本当の姿が見えてくるものではないでしょうか。

 

その先にあるものは孤独や寂しさではなく、自分を信じる力と希望に満ちた未来です。

 

 

 

 

 

 

 

『エクスポーズ 暗闇の迷宮』原題、神の娘について

このところゆかりさんがお仕事多忙なため、僭越ながらノッポのペコ姉が続けてアップさせていただきます♩



今回はキアヌ・リーブスの映画です。キアヌ・リーブスが刑事役となって事件の犯人を追うサスペンス。人によっては駄作だという人もいるようですが、私はとても興味深く、衝撃を持って観ました。

実は映画チャンネルのテレビでみたので、どういう内容か全然知らずにみたのですが。。

主演はキアヌというより、ほぼアナ・デ・アルマス。この女優さん、好きなんです。

「世界で最も美しい顔100人」で9位に選ばれた女優。『ブレードランナー2049』でロボットのようなホログラムの恋人役を演じた美女、といえばわかる方もいらっしゃるかと。

「キュート」を絵に描いたような女優さんです。

『エクスポーズ 暗闇の迷宮』ではまったく印象の違う貧しく、信仰深く、清楚な女性の役を演じていますが、やはり彼女の美しさが映画の大きな魅力になっています。

人によってはラスト一箇所だけフラッシュバックを起こす可能性があります。

でも、私はいい映画だと思います。最後に余韻があって、何度も噛み締めてしまうシーンも。

「エクスポーズ」には「暴く、晒す」という意味があるようで、刑事役のキアヌ・リーブスが追う殺人事件の謎と共に、明かされる真実が重複的に隠されています。

最後に刑事自身も自分が信頼していた相棒の裏の顔を知ることになり、新たな殺人事件とともに、アナ・デ・アルマス演じる女性の隠されていた歴史が暴かれます。人とあたたかい交友関係を持ち、一見ふつうのに生きている人の中に、二面性があるんですね。

まったく別の物語の2つの点がつながって明かされる衝撃の真実。私は何度も巻き直して確認し、そういうことだったのか、と納得し、あちこち感じ入るものがありました。

さらっと描かれているシーンや摩訶不思議なシーンに小さなサインや伏線が張られていて、つなぎ直すと色々と見えてきます。

主人公のイザベルはまじめで優しく、両親ともうまくやっています。家庭内ストックホルム症候群、記憶の消去と解離、インナーチャイルドの空想が入り混じったような内容で、映画を見ている人も、見せられていたのは彼女が見ている世界だったのか、と気づくのは最後です。

恋人を亡くして実家に戻った主人公は、一見、平和に両親と食卓を囲んでいるようにみえますが、そのあとなぜか洗面所で涙でくしゃくしゃになっているシーン、母親が台所でお皿を洗いながら、父と娘が会話する声になぜか不安げに耳をそばだて、さりげなく中断させようとするシーン、最後に夫が殺され、嘆き悲しむ母親を主人公がぼんやりと冷めた目でみるシーン、などから、じつはこの母親が性虐待を知っていたことがほのみえます。

とうとう起きてしまった悲劇。夫の死体を前に泣き続ける母親の姿から、傷ついた娘を気遣いながらも夫を愛していたのだということがわかります。優しいけれど、弱い母親です。

原題はDaughter of God(神の娘)。

これには、なるほどなあ、と思いました。『エクスポーズ 暗闇の迷宮』なんてわかりずらい邦題よりも、はるかにテーマが明快でよかったのに、と思います。

ふつうの人は体験しないことですし、一般受けもしない映画だとは思いますが、性虐待の「記憶の乖離」に経験のある方には、よくわかる映画です。

こういうテーマを映画化していただくことで、現実に起きていることでもある、ということを広く知ってもらうこともできるのではないかと思います。

ところで性虐待を受けた女性は、不思議な透明感がある、という記述を何度か目にしました。いつまでも純粋さがなくならず、少女のままのような不思議な雰囲気があると。

このアナ・デ・アルマスもまさにその感じを表現できる女優さんでリアリティを感じます。穢れているようで、穢れていない。心の成長が止まってしまうからだという側面もありますが、ほんとうに心の濁りがないのだと思います。

同じ体験者の方にお会いしても、よく感じることです。必死で家族を守り、良い子でもあろうともしますからね。そういえば私も小学生の頃、革張りの古い聖書を枕元に置いて、「天にまします我らが父よ、願わくば、、、」と、毎晩お祈りしていました。その頃の私にも、こういう純粋性と解離があったのだと思います。

性虐待で自分が汚れていると思ってしまう人は多いですが、ほんとうに穢れてなんかいない。むしろいくつになっても、少女のまんまなんじゃないかな。間違いなく、神に愛されている娘たちなんだと思います。ビデオになってると思うので、機会があったら観てみてください。

穂積純さんの本『拡がりゆく魂』にも、性虐待を受けた人で、天使的な人に何人も会ってきた、と書かれ、その天使性について分析されています。

親に愛されなかった人は、神に愛されている。これは真実だと私は思っています。穢れるどころか、むしろ過酷な運命の中で磨かれていく、尊い魂だと思うのです。












同じ境遇のお友達♡(大切なお姉さま)

以前もブログに書きましたが、私には昨年からとても仲良く頻繁に近況報告をし合っているサバイバーのお友達がいます。みんなそれぞれに橋の下で拾ってきたと言われていたので名付けで「橋の下三兄弟!」今、一番末のアッコちゃんは育児中でお休みしておりますが、長女のペコお姉さまがブログを始めました。

 

ぜひ、私のブログを訪れて下さった方にも読んで貰いたいです。

http://tane.hatenadiary.jp/entry/2018/04/18/161223

 

 

私が先日、顔と名前を出してメディア(ローカルニュースで2、3分です)に出られたのも、ペコお姉さまとの出会いが無ければなかったかも知れないと思うほど私にとっての恩人です(^^)

 

私の中の幼い「ゆかり」はペコお姉さまに癒され、強くなりました。半年前の「ゆかり」はまだ世間に性虐待を受けていたことがバレることを恐れる気持ちが強く、本当に気の許せる友達にしかこのことを打ち明けていませんでした。

 

でも私の人に言えない理由は自分自身の中にありました。自分がどう見られるのかが怖い。自分自身で暗いトンネルに押し込み、世間にバレないように笑顔で私の人生にそんな不幸はないのよって顔で生活していました。

 

私、美容師なんですが、お客様から「ゆかりさんはおそらくとても大切にご両親に育てられたのね〜。悩み事なんて一つもないんでしょ♫』とよく言われます笑笑

 

それはそれで良いのだけど、それはありのままの自分ではない。やはりどこかで無理をしている自分なんですよね。

 

ペコお姉さまはそんな私の中に潜む私の鎧を少しずつもう脱ぎ捨てていいのよ。ありのままのゆかりさんでいいのよ。と教えてくれました。

 

親を憎む気持ちを持ったままで良い。

 

私が無意識のうちに自ら背負ってきた親は大切にしないといけない!親を尊敬しなくてはいけない、親に感謝しなくてはいけない!子供を愛していない親などいない!など、重くのしかかっていた重りを優しく、今はまだ無理をして思うことはないんじゃない、それらのことは自然に溢れ出るもので、無理して思おうとするものではないのでは。と少しずつ私にのしかかっていたものを預かってくれました。

 

皆さまもペコお姉さまの優しさに触れて見てくださいね。

 

http://tane.hatenadiary.jp/entry/2018/04/18/161223

 

 

ペコさんオススメ🎵Book & Moviesコーナー

はじめまして。ペコです♩

ゆかりさんよりも、性的虐待に関する本や映画をよく知っているということで、ゆかりさんにペコのコーナーを作っていただきました✨  どうぞよろしくお願いいたします。

 

 性的虐待について書かれた手記や研究書はかなりたくさんあるのですが、実父からの性虐待に関しては

 

日本の手記では、山本潤さんの『13歳、「私」をなくした私   性暴力と生きるリアル』と、

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 東小雪さんの『なかったことにしたくない  実父から性虐待を受けた私の告白』が、ポピュラーなのではないかと思います。

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どちらも実名を公開されているだけでなく、積極的に世間に顔を出し、勇気ある活動をされているので、ご存知の方も多いかと思います。

 

 小雪さんは元タカラジェンヌ。性虐待の記憶がまったくないまま宝塚歌劇団を目指して合格し、退団後、ひどい抑鬱状態からカウンセリングを受けることで、乖離していた記憶を取り戻し、実父からの継続的な虐待があったことを知った方です。

 山本潤さんは性暴力被害者支援看護師(SANE)。被害者支援や全国で講演活動もされ、性暴力の法改正にも貢献されています。娘の回復のために奔走し、寄り添い続けたお母様も現在、カウンセラーとして活躍されているそうです。

 実父からの継続的な性虐待を受けた人は、リストカット、オーバードーズ、アルコール依存などの嗜癖、性的逸脱、原因不明の病気、共依存、ウツなど、ひと通りの経験をして、どうにか抜けていく人が多いようです。まあ、王道といったところでしょうか。

 

 そういえば私は小学生5、6年の頃、よくびっこを引いていました。膝が痛いのが当たり前になっていました。病院でも一度診てもらったのですが、原因は不明で、おそらく成長痛だろう、ということでした。我慢するのに慣れていて、痛い膝が自分の一部であり、あまり気にもしていなかったのですが、小雪さんの本を読むと、関係があったかもしれないと思います。自覚できない我慢や抑うつが身体症状に出る。

 それと、斜視になりました。幼少期にはそうでなかったので、やはり虐待を受けていた時期にゆっくりなっていったと思われます。見たくない現実がある。見ていても見ていない。そんな感じで、目は片方が外側にずれ、前を見ても、焦点が合ってないような目になりました。人がみてギョッとするほどではないのですが、今も斜視です。 子供っていうのは、せつないですね。どんな姿になっても生きていこうとしているのです。

 

 

 

 

 

 

40代は今までの溜まった毒出しをして人生のリセット?!

とても興味深い記事を見つけました!

私のブログにコメントを下さる方は9割方40代の方々です。40代でフラッシュバックを起こして、抜け落ちちゃてた当時の記憶が出てきて辛い、という方が本当に多くって、私も40代になって過去の事を次々と思い出しました。どうして40代?何が40代ってあるの?とネットでいろいろと探しているとこんな記事を見つけました。

 

置き去りにしていた心のSOS!これなのでは?!私、的にとても納得いきました。

 

ぜひ見てほしい記事なので貼り付けさせていただきます。

https://style.nikkei.com/article/DGXMZO80344380R01C14A2000000

 

私たちは向き合う準備ができた、ということみたいです。これを乗り越えれば、いままでより生きやすい未来が待っている。フラッシュバックは今まで見てしまったら生きてこれなかった、置き去りにしていた子供の頃の自分を取り戻し慰めてあげるチャンス♡

 

子どもの頃の自分をいつくしみ「辛かったね。ごめんね。見過ごして生きてきてこれからは一緒に生きようね」って語りかけて見てください。私はこれを言うと毎回、涙が溢れます。それは悲しみの涙じゃなく、子どもの頃の自分からの喜び安堵の涙のような気がしてなりません。

 

私のブログを見てくださっている方々に急いでお伝えしたく、雑な文章になっているかもしれませんが、見てみて下さいね。

 

性虐待の悲しみや苦しみは、必ず乗り越えられる!

先日、香川県の性暴力支援センターオリーブ香川の方とお話をさせてもらい、気づきがありました。人はいろんな言葉を選びながら自分の考えを構築させていると。

 

確かにそうなんです。私、最近ふと気がつきました。

 

あんなに苦しい苦しいと毎日、感じていたのに。気がつけば今、苦しくないんです。あれ!?  私もう父から受けた性虐待の苦しみが過去の事になってる!

 

よく相手を許すことで自分が楽になると言いますよね。私は、相手を許したわけではないです。よく罪を憎んで人を憎まずって言うでしょ。あんな仏のような気持ちになんてなれないし、ならなくていい。反省のない相手を許す必要なんてない。

 

憎む感情は決して汚ないものではない!に、考えにキッパリと切り替えました。許すという感情は自然に沸き起こるもので、決して誰かに言われて持つものではない。

 

今、私は47歳、もうすぐ48歳になります。5年ほど前から少しずつ文章にして、自分に何が起こっていたか振り返るようにしてきました。当時の記憶も思い出すようにしましたが、虐待の内容ではなく、子供の頃の環境や父親や母親に言われてきた言葉、周りの大人との関係性、大人になってからのさまざまな人との関わりの中で聞いてきた言葉、本やネットで見た言葉、そのとき何を感じていたか、何を思っていたかを1つ1つ書き出しました。

 

その中にで私は私にとって生きていく上で必要な言葉、不必要な言葉を探しました。言い方を変えていえば「私に都合の良い言葉、私にとって不都合な言葉」です。

 

人はさまざまな言葉の中で生きていて、言葉という思考の中で生きている。自分に必要な言葉を集めた今、私は性虐待を受け、死ぬまでこの辛さと一緒に生きていかなければいけないと思っていたこの人生の壁を乗り越えることができました!

 

少しずつ、少しずつですが、ここ数ヶ月はたくさんのいい出会いがあり、私に必要な言葉をたくさんいただくことでグンっと加速して、登り切りました。まるで鉄腕アトムのように足裏からジェットが噴き出したかのよう♩本当ですよ。

 

まさかこんなステキな景色が見ることが出来る日が来るとは想像できませんでした。ここから見える景色はとても晴れやかで、自分自身が堂々と前を向き顔を上げて、新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んでいる。

 

この前、私、ニュースエブリィの地方放送で被害を名前と顔を出して公表したんですが、放送前は確かにちょっとビビってました笑

 

変な目で見られるのかな。私、美容室をしてるのですが、お客様にどう思われるかな。お客様が減ってしまったらどうしようとか。放送終わって自分の気持ちに驚いてます。何も変わらない日常で、気持ちもなんか最後の鎧を脱ぎ棄てたような軽い気持ちなんです。励ましのエールをもらったりして、なんかもう気持が高揚してやってやるぞー!って力が、心の底から湧き出ちゃって笑

 

何重にも重なった重たい鎧は自分自身の心。自分の事を恥ずかしい。惨め。情けない。汚れてしまってる。といった感情です。そんな重たい何重にも着こんだ鎧を人生をかけて一枚ずつ自分の必要な言葉を受け入れていく中で、脱いでいく。「北風と太陽」の太陽のように「自分自身に必要な言葉」が心が穏やかにしてくれる。不必要な言葉を受け取ることはない。

 

もっと早くに周りの大人が必要な言葉だけをかけていてくれたら、どうでしょう、こんなに30年も過去を乗り越えるのに時間がかからなかったのかも知れない。

 

残念なことに父と母から私は必要な言葉を受け取れなかった。でも周りの大人が正しい認識を教えてくれていたら。そんな理解のある大人を今後増やして、同じ被害にあった人たちが早く今の生きづらさから解放されるように私は伝えていきたい。私の使命。

 

私の今見ている世界を同じ経験をして苦しんでいる人たちに伝えたい。みんな全ての人が必ず乗り越えられることができるから、諦めないでがんばろって。

 

デレビ放送が終わった後、これだけは言わせて!と言わんばかりに母から電話がありました。「あなたのしていることは間違ってることとは思わないけど、まわりの人たちみんなに迷惑をかけている事を忘れないでね」と。

「私の何が迷惑なの?!」って聞くと「あぁ、ゆかりさんはそんなひとだったんだ」と思うって。

 

また私は、ゆかりさんってどんな人???

「ゆかりさんはそんな過去があっても明るく頑張って生きてる人じゃないの?」って聞くと、永遠の沈黙。

 

どうして正直に自分たちが迷惑してるんだ。と言えないの?  私にうわべだけの謝罪を言いながら、めちゃくちゃな人達。最後までこの両親には不必要な言葉(私が被害を言うと周りの人に迷惑をかける)しか、もらえないようです。

 

母は私の事を「ゆかりはそんな娘」て思ってるからそんな言葉がでるんだろうなぁ。

あぁ、ガッカリ・・・理解してくれない人にいつまでも愛を求めるのはもう止めよう。私の周りには私を理解してくれる人で溢れているのだから。

 

 

このブログにあたっての何かご意見などございましたら連絡下さい。前回の記事のメールアドレス記入ミスでした。せっかく送っていただいても届かなかった方ごめんなさい、もう一度こちらへよろしくお願いします。

 

宮本ゆかり

メールアドレス

beso0201@icloud.com

 

ラインID

 beso2011

 

 

幼い頃から性教育の大切さを語る弁護士先生

http://goo.gl/gXHcZE

 

先日、私立幼稚園で香川県の仙頭弁護士が「命の大切さ」の公演をされると教えていただき、幼稚園の子どもたちとその父兄の方に混じり、私も参加させてもらいました。

 

私個人も、幼い頃からの性教育はとても大切だと思ってはいましたが、性に対して逃げ腰な日本で、子どもたちにどんな言葉を使い伝えると良いのだろうかと思っていました。

 

弁護士先生は「水着を着て隠れるところは自分だけの大切な場所。触れられて嫌と感じたら、それが身近な大人でも嫌と言っていいの。みんなには内緒だよ。と言われてもお母さんや周りの大人、先生とかにしゃべってもかまわないのよ。教えてね。」とこの春、卒園する子供達に伝えていました。

 

子供達はみんな真剣に聞いていました。自分の身は自分で守っても良いことを伝えることはとても大切なことだと思います。

 

 私自身、父親に口止めされていて、父親の言うことする事が絶対の家庭に育てられていたので、まさかいけないことだとも思っていなかったし、言ってしまうととんでもない事になると思っていました。母親には「お父さんに体を触られるのはくすぐったくて嫌」と、訴えましたが、どこを触られてどう嫌なのかは上手くは伝えられていなかったように思います。母親は「スキンシップでしょ。お父さんのする事を嫌と言ってはいけないのよ」と言われました。

 

その時、嫌と言っても良いと教えてもらっていたら、母親には受け流されていたかも知れないけど、幼稚園の先生に言えてたかも知れない。

 

幼稚園の先生からうちの父親に一言、電話でもしてもらえていたなら、それ以上のことにはならなかったかも。また同じような事があったら教えてね、と言われていたら。第三者が介入してくれたらまた違ったんじゃないかと思います。被害の拡大は防げたのかも。

 

その後、子どもたちは教室に戻り、次は保護者の方々に仙頭先生はお話をされました。実際に身近な人にわいせつ行為をされたと母親から相談があったこと。最近の事件の話。子供達からのSOSにどう答えるかなど。加害者は見ず知らずの大人ではなく、顔見知りの事が多いこと。

 

 

実際には、多くの母親は子どものSOSに気がつかず見過ごしてしまっていると、私はブログにコメントを下さる同じ被害者の方の話をお聞きして思います。加害者が身近な人物になるにつれ、その確率は大変高いような気がします。ですよね、当然です。母親自身も信用している相手なのですから。まさか、あの人が!

 

信用している人を疑うことはとても勇気がいります。自分が経済的に頼っている相手なら、なおさら自分の生活も崩れてしまうかも知れない不安と戦わなければいけません。うちの母親もその中の1人で、私のSOSを私が46歳になるまで気がつかず、無視し続けてきました。気がついていたけど、気がつこうとできなかったのだと思います。

 

徳島から香川に結婚できて、周りも全く知らない土地で母も寂しかったんでしょう。だから自分を必要としてくれる夫から離れられない。離れられないから現実を見ようとしない。見てしまうと離れなくてはいけなくなるから。

 

そうなると目の前でおかしなことがあっても、人間は自分の生きる為に都合の良いように変換してしまうのでしょう。悲しいことですが、ほとんどの人がそうなのでしょう。

 

お願いです。わたしたち被害者を救えるのは「身近にいる大人の愛」だけです。受け入れることには勇気がいりますが、あなたの大切な娘はこの先生きていくことに、その何百倍の勇気をもって生きていかなければいけないのです。

 

孤独な世界に放り出されて血まみれになりながら生きていかなければいけない。SOSをキャッチできない母親は、現実をみない事で家族がバラバラにならずに済んだ、子供に今までと変わらない居場所を守ったという気になっているのかも知れない。

 

でもその家庭にはもう安心して生活できる居場所は無いんです。そんな中で生活をしていかなければならない子供の勇気に比べれば、子供のSOSをキャッチする勇気なんて、大した事ないと思いませんか?!

 

仙頭先生のお話を聞いて私も伝える機会を頂けたらと強く思いました。私は本当に幸せ者です。立派な先生に出会えた事。心強い出会いに心から感謝します。

 

  

私はブログに書くことで、今まで吐き出さずに溜め込んでいたものを解放しました。

 

狭い心の中に溜め込んでいると誰が悪いのか、原因はどこにあるのかが、本当にわかりづらいことに気がつきました。自分の気持ちはますますぐちゃぐちゃに絡まっていき、どこからほどいていったら解けるのかわからず、もがけばもがくほど更に絡まっていくもんなんだなぁ。と思います。

 

私は自分だけで解決しないとわかってくれる人はいないのだから。と長い間、自分の中に閉じ込めたまま一生懸命ほどく努力をしてきました。

ブログにする事で、広い外に解放して絡まった気持ちの糸を少しずつほどいていくと、意外と今までとけなかったものがとけていく。そんな感覚を味わう事ができました。

 

子供の頃、理不尽に思っていたこと。ブログでなくても信頼できる友達でもカウンセラーの方でも自分の外に吐き出してみてはどうでしょうか?  自分宛の手紙とかも有効的かも知れません。

 

良かったら私にでも。

beso0201@icloud.com

いつでもメールお待ちしております。

宮本 ゆかり(旧姓坂本)