性的虐待‥性虐待はなぜ起きる

私は実父親に幼稚園から中学2年まで性虐待を受けて育ちました。一見普通に見える家庭内で起こった犯罪。私の家庭で何が起こっていたのかを冷静に振り返りこれからの子供達を性的虐待から守ることが出来るのか、不幸にも私と同じ様な体験をしてしまった人達には何が必要かを考えて行きたいと思います。

ブログに訪れた方はまずこちらをご覧下さい。

香川・岡山のローカルニュースnewsevery.

先日、西日本放送の記者さんから被害者の話を聞きたいと連絡をいただきました。

先日、香川県善通寺市の病院で医師が子供にわいせつ行為をした事件がありました。

matome.naver.jp

この事件がきっかけで幼い子が性的な被害を受けると将来、その被害がどんなにその子を苦しめるか、周囲にSOSを出すことがどんなに難しいのかを専門家の方に話を聞き、また幼い子供たちに向け性被害防止の講演をされている香川県丸亀市にいらっしゃる先生の取材をしていてnewsevery.で特集を組むので被害者の声を聞かせてほしいと連絡をいただきました。

ダブルの嬉しい知らせでした。香川県にそのような講演をしてくださっている先生がいるなんて!(わー♪♪私もぜひ聞きに行きたいー♪)それとニュース番組で被害にあった者に目を向けてくださるなんて。なかなか事件の放送はあってもその後のことにはあまりふれられないことが多い中なんて素晴らしい☆若い女性記者さんなんですよ。とても聡明な方で。若い方がそんなことを考えてくれるなんて。これからの日本、変わるんじゃない(^_-)-☆

被害者の声、伝えてきました。これからの明るい未来への希望が湧く出来事でした。

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分かり合える仲間!

最近、同じ境遇の方と知り合うことが出来ました。しかも二人も!今はまだ直接はお会いできておりませんが4月に一度集まろうということになっております♪

今までなかなか理解してもらうことが難しいこの胸の中をまるで三つ子のように分かり合える何でも話し合える仲間です。三人とも親から「あなたは橋の下で拾って来たのよ」と言われ育ってきたので

 

              f:id:kaoagete:20180122194449j:plain             『橋の下三兄弟』

 

といっております(⌒∇⌒)ほぼ毎日あーでもないこーでもないと尽きることのない過去の話やらこれから私達がやっていきたい話で盛り上がってます(^^♪今までみんな人にはあまり言えなかった悲しい過去をやっと遠慮なく言える、自分のなかにある憎しみや恨みも同じ境遇なら気にせずオープンに出来るそのことでどれだけ癒されるかを知りました☆絶対、同じ境遇の仲間が集まる自助グループは必要と実感!私達みんな悲しい過去を背負わされてるけどみんな明るいの♫前向きに一生懸命、高ーい高ーい壁を乗り超えようと意見を出し合って頑張っています。これから座談会をライブ発信なんかも面白いねー、何て言ってたり!私達に出来ることを探してます!(^^)!

 

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宮本ゆかり

 

一昨年の気づき

 こんにちは、久しぶりの更新です。

最後に更新したブログ、母親がやっと理解してくれましたー!から一年近くが経とうとしております。その直後、「あー、、まだまだ全然わかってくれてない!」という出来事がありまして・・・今現在は距離を置いています。引っ越しして連絡もほとんど絶っております。出来事については詳しくまた今度書きますね。

でもね、この距離をとることが今の自分にとってとても必要なことだったと痛感してます。毒親から受ける心の支配から解き放されるためには親からは米一粒ももらわない、愛情を求めない、一方的な親の愛(見返りを求める愛)は受け取らない、自立することが本当に必要だったことなのだと気づかされました。

 

自分の苦しみを長引かせていた一番の原因は私自身が親に依存していたこと。

 

精神的に依存していました。自分の価値観から作り出した、こうだったらこうするのが当たり前(私の中では性虐待を中学2年で母親に打ち明けた時、父親と別居して子供に安心できる居場所を与えること)、それをしてくれないことは私を受け入れてくれてない。愛されていない、悲しいだからお願い私の気持ちを分かって!理解して!母親なんだから当然わかるでしょ!みたいに、わたしの中での理想の親像を母親に求めていたことが、性虐待からの苦しみを長引かせていたことに気付きました。

 

母親の個人を尊重してあげられていなかったことが原因でした。母親にもいろんなタイプがいて自分より子供が何より大切(⋈◍>◡<◍)。✧♡と母性の強い親もいれば当然、逆のタイプもいる。自分の親が逆のタイプなんて思いたくないし認めたくない。そこが苦しみの原因だと気が付いたのですが・・・

 

それをじゃあ母親を許していままでのように話ししてなんてことは出来んーーー!!!

だって私そんなに器大きくないもーーーん!!!

 

私に安全、安心できる居場所を与えてくれなかった母親をとても憎んでます。でも憎んでもいいんだって、憎しみをもつ自分を許すことにしました。

 

今までは憎しみの気持ちは醜い感情だから持ってはいけないと思っていたことにより、更に自分自身の首を絞めていましたw

 

一生懸命母の理解を求め、分かりあう事で憎しみの感情を無くしていかなければいけない。年老いていく母の老後をやさしい気持ちで見てあげなければいけない、と決めつけていました。世間一般の常識、親から長い間刷り込まれていた価値観に縛られて苦しんでいる自分を解放しました。

 

「安心して過ごせる家庭をくれなかった母に安らかに娘と過ごせる老後なんて必要ない。それは施設の方にお任せしましょ。それが親不孝と愛に恵まれた家庭に育った人達は非難するでしょう。でもうちはそれに当てはまらない。もらった愛情分をお返ししたら十分な親孝行。私が今まで父親からの性虐待をうけたことをあなたが守ってくれなかったせいだって責めたりしたことは一度もなかったでしょ。警察にも周りにも言わなかったことで70歳まで幸せだったでしょ。それは私のあなたに対する愛情だよ。もう十分だよね」って。

 

私のような重度の虐待を受けて大人になった被害者の方たちには親を放棄する権限が与えられる気がします。

 

あっ、ちょっと話がそれちゃったかな。そうそう本題は、私は親からの愛を求めすぎていました。ってことです。

 

母からの愛がなっかったわけでは無いんですが、私が求める愛の量に届かなかったってことです。私が受け取りたい愛の量が100とすれば、私の母の愛は私にとって30くらい。

 

でもそれは、私の愛情測定器なのです。母の測りでは100すべて愛を与えたよ。になっているだけのこと。そこを足りなかったと言われても母にはどうすることも出来ない。責められてもこれ以上どうしろって言うのよ。になっちゃいます。交わることのない平行線で。だから考えを180度転換~~~!!

 

母は十分愛してくれていた。母の中では100の愛!私がそれで満足できなかった。でもそこは譲れない。個人個人子供に対する価値観は違うんだけど、そんな子供に対する愛情の薄い人とは、近くにいたくない。私の器がもう一回りももう二回りも大きくなり、許すことが出来たら連絡取ろうと思います。それが親の生きているうちなのか、死んでからなのか、来世になるのかはわからないけど。それでいいんだな、と思うようになりました。か、母の愛が濃く変化して私の器に入ってくれるか。

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母なりに変わろうともしてくれているところもあるみたいで、家族間の問題を親身に聞いてくださる、金剛福寺の住職さんに夫婦で相談にいってきたと連絡がありました。娘さんのお話も聞きたいと言って下さってるので行ってきてと。

 

昨年、孫(私の息子)に「今のままじゃぁ、ひ孫の顔見せたくないわ」って言われたことが母にはとてもショックだったらしく、やっと第三者に相談しようとなったみたいです。

 

来月2月に私もお話をぜひ聞いてもらいたいので、予約をとりました。またそのことも書きたいと思います。

 

と、こんな感じで母との関係を色々と考えさせられた一昨年でした。住職さんにどのように性虐待を伝えているのかによっては、すごく前進を感じられる年になりそうな気はしますが、これまで何度も期待しては落胆して傷ついてきたので期待しすぎないように。往復車で10時間かかるので。慎重に。。。

 

父親に対する気持ちも変わりました。より一層遠い存在になりました。以前はやはり私への愛は存在するのではないのかと信じたい気持ちがありました。愛があるのなら許してあげなければいけないと思い苦しかったのですが今はそんな幻の愛を追うことはなくなりました。 そこにあったのは父性愛など存在せず自分の所有物、性のおもちゃへの愛着だけだったのだと受け止めています。 

自分の娘を性欲のはけ口にする、人間というのもはばかられる生き物。幼児性愛者が同じ家庭内にいて私の体や心に寄生虫となりむさぼり食ってたんだから私にはどうすることも出来ずに仕方なかったなぁって。

 

恨むことも憎む気持ちを持つことすらもう少なくこの世から存在しなくなっても「へェ、やっといなくなったんだー!よかったねー!この世から悪人が一人減ったね」くらいの感情でいいんだって思っています。

 

信頼を裏切られたと思えば辛いですが、もともと信頼するように父親から刷り込まれていただけで、私自身尊敬できるところはなに一つなく。幼児性愛者という疾患の人が間違って行動に移してしまい罪を犯した、と思えばそこには加害者と被害者という関係性だけなんだ。と・・・

 

もらった愛は0なんだから私が返す愛も0で良いんだって思ったら楽になりなした。逆に今までの私の愛返してよ!って思うようになりました。

 

父親は僕も困ったときに金銭面で助けてやったじゃないかと言うと思いますが、そもそもあなたに今の地位にあるのも私が他言しなかったお蔭だよ。わかってる?て。今、あなたの周りにあるもの全てが、他言しなかった私が父親を慕う愛の証なんだよ。って。

 

 

 

私達、性虐待被害者は性虐待に限らず児童虐待被害者は親からどれくらいひどいことをされようとも親を愛し親を許そうともがき苦しんでいます。そのうえ親を許せない自分を責め続けています。

 

どうか被害者の皆様、もう自分を責めることは止めにして、自分の今湧き出てくる感情を素直に受け止めて、自分を許してあげてください。それがどんなに醜い感情でも、あなたが悪い訳じゃない。周りの人にはなかなか理解されない憎しみだったり、悲しみだったりは、私が悪い訳じゃなくそう思わせる相手が悪いのだ、と思ってもいいのだと思います。

 

神様が判断をして悪いことには必ず天罰を下して下さると私は信じてます。だから、そんな悲しい気持ちをさせる相手には距離をとり、悲しい気持ちにさせる相手に対しては自分本位になりやりたいように振る舞い、自分が幸せになれることだけを考えていけば良いと思います。

 

親と距離を取りたがっている友達、パートナーがいる方はどうかお願いです。やさしく見守り寄り添ってあげてください。散々自分を責め続けている被害者に親はあなたを愛しているのだから許してあげたらとか、認めてあげたら、忘れなよなどは言わないでくださいね。そう出来るものならしたいと毎日願ってますから。親を嫌うのにはそれだけの理由が必ずあります。そこをどうかお察しいただければと切に願います。

 

最後まで読んでいただきましてありがとうございました。

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宮本ゆかり

 

 

 

 

                                                 

性犯罪に関する憲法の大幅改正!

先日、日頃から何かとお世話になっている方が新聞を持って来てくれました〜^ - ^そこには嬉しい内容の記事が!

 

強姦罪を起訴するのに被害者の告訴が必要となる「親告罪」の規定を削除する。法定刑の下限を3年から5年に引き上げる。強姦致死傷罪は5年から6年に、親などの「監護者」が影響力を利用して18歳未満の者に性的な行為をすれば、暴行や脅迫がなくても罰することができる「監護者わいせつ罪」「監護者性交等罪」を新設。強姦罪は女性に限定。改正案は男性も含め性交の類似行為も対象。などの改正案が閣議決定したと書かれていました!

 

 

長い間、父親が私にした事は無理やりでも無かったし脅されてた訳でも無いし、私自身受け入れてた時もあり、父親から見ると同意の上だと思っていたのでは無いのか、となると私も母親の立場から見ると私は不倫相手になり犯罪者になるのかとか悶々とした中で生きて来たため余計に過去の事に苦しみました。

 

(私の受けた性虐待は 性虐待① 性虐待② 性虐待③ に詳しく書いています。リアルな内容もありますのでフラッシュバックに気をつけて下さい)

 

 

今回の改正案で暴行や脅迫が無くても罰する事ができるとハッキリ言い切ってることに私は救われた思いがしました。私は悪く無かった。

 

大幅な改正は明治時代以来だと書かれていました。ん???明治以来って???今までは付け足し付け足しで来たってことなの?

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明治って電話も先ずは交換手にかけて相手に繋いでもらってた時代。

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今は電話は携帯するのが当たり前の時代。

こんなに生活は変わっているのに(@_@)

 

私、法律とか疎いからあんまり偉そうな事は言えないけど・・

 

学校での性教育も見直して欲しいです。私は、被害を受けている時は小学生でsexが何なのか、どんな事が自分の身に起こっているのかわかっていませんでした。赤ちゃんが出て来るところと排便するところは別だということも知らなかった(汗)

今回の改正を良い機会として学校で子供達に教えてあげて欲しいです。

 

もっと早くに教えてくれていたらもっと伝わる言葉で母親に相談出来たかも知れない、母親に言えなくても先生に助けを求める事が出来たかもとか。もっと性被害を口に出して言える世の中になって欲しい。今の世の中はまだ被害者も落ち度があるように言われてしまったりひどい場合は被害者が誘ったように言われたり変な偏見を受けてしまったり。そんな世の中では被害を口にする事が出来ません。

 

今回見直した事を第一歩にして今後の課題にして欲しいです。性犯罪被害者が減っていき性的虐待などの悲しい醜い犯罪も世界中から全て無くなりますように・・・

 

 

 

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30年間理解の無かった母親が理解ある母親になる事に必要だった事④

前回の続きです。

 

昨年12月、幼少期から中学2年まで私が受けた父親による性的虐待を叔父(母親のお兄さん)に打ち明けて以来、母親は一変しました。「私が読んだ『毒となる親』を読んで虐待がどんなものか、受けた子供の気持ちはどんなものなのかを考え知って欲しい」と本を贈りました。その本には心理的虐待、身体的虐待、性的虐待、ネグレストについてわかりやすく書かれており親子関係の間違った価値観にハッとする気付きを教えてくれる私にとってのバイブル本です。

 

(私の受けた性虐待は 性虐待① 性虐待② 性虐待③ に詳しく書いています。リアルな内容もありますのでフラッシュバックに気をつけて下さい)

 

今回もいつもの様に何かしら言い訳を付けうやむやに終わらしてしまうのだろうと思って半ば諦めモードで贈った私でしたが読んでくれました!やっと私が苦しみながら生きてきた現実に目を向けようとしてくれました(^O^☆♪

 

今回は諦めずにアプローチした甲斐がありました!やったあ!!!

 

ってなんでそこまで嬉しいの?本を読んだだけなのにと思われると思いますが、虐待のあった家庭の親は自分の非を絶対認めないのです。良い親は常に自分の子育てはどうなんだろうと確認しながら振り返りながら反省しながら親として成長する努力をし、不安になれば周りに相談したり、本などを読んでみたり、今の時代ならインターネットで調べてみたりすると思いますが、残念な事に虐待のある家庭では『親が正しい!』という前提で子育てが行われますから、反省などは有りません。子供の声に耳を傾ける事は子供に負ける事。常に子供の上に立っていなければいけない!毒親アルアルだと思います(;ω;)だから、子供から虐待の本を渡されそれを読むなんて事は凄い事なのです。

 

現に私の母親は性虐待被害児の母親で有りながら一度も調べてみたりそれに関する本を読んで見たりした事が無かったのです。

 

 

叔父さんに「お前が悪い!」と言われた事で目が覚めたようです。母親は男尊女卑の考えですから自分の年の離れたお兄さんの言葉の影響力は大きかったようです。

母親は世間体を気にする人で友達にも自分の弱点を見せず相談する事など無かったので誰も間違っている事を教えてくれなかったのでしょう。

 

本を読んでからもっと変わりました。私の話に耳を傾けてくれるようになり母親からいろいろ聞いてきてくれるようになりました。

 

先月2月4日祖母が他界しました。最後は安らかに自宅で叔父さんと母に看取られながら息を引き取りました。享年98歳でした。

 

母親は自分の出来る事全てをかけて最後の一年間、香川と徳島を行ったり来たりしながら寝たきりになりアルツハイマーになってしまった祖母の介護をしました。目の前にいる母親を見ながら自分の子育ての事を振り返ったそうです。死がそれ程遠い話ではない祖母の姿が母親に考える時間と勇気を与えてくれたのでしょう。

 

母親はここ数ヶ月で本当に変わりました。過去を真剣に逃げる事なく理解しようとしてくれる強さがひしひしと伝わってきます。

 

私のこのブログも読んでくれました。数ヶ月前「いつまでも過去を気にしていたら前に進めない」と言い訳にして過去から逃げていた母親とは別人です。父親にもひるまない勇気を持って「お父さんは間違った事をしたよね」と言ってくれたのです。

 

母親が変わるのに必要だった事は間違いを気付かせてくれる人や本、苦しさに立ち向かい現実を受け入れる強さと勇気でした。

 

今までは傷つきたくない気持ちから自分の都合の良い言い訳を考え言い訳に事実を擦り合わせ傷つかない程度のところで自分を納得させて蓋をしていたんです。私から父親にされた事を聞いた時もただ少し触るところを間違えただけのスキンシップだと片付けてしまい大したことではないと自分の受け入れられる範囲で処理してしまっていたのです。今回私の口から「挿入」と聞かされ言い訳のしようがなくなったと言う事のようです。

 

弱かったのは私も同じで母親に伝える時、体の関係とか少し含みのある言い方をしていました。それと過去を思い出したくないのもあってすぐに理解してもらう努力を諦めていました。人に伝える時には思い出さなければいけないので、少し過去の蓋を開けて見てはいけないものを見てしまった時のように慌てて蓋を閉めてしまってました。第三者に知られるのも怖く周りの人に言いだすことが出来なかったのもいけなかったと思います。

 

今回も叔父さんに言えてなかったら多分母親も私も今までしてきたよう偽りの仲の良い親子のままだったと思います。

 

もっと早くに辛いと言えていたなら・・・

 

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母親はたくさんたくさん謝ってくれて「性虐待と向き合いながら今後私の力になりたい」と言ってくれています。

 

「ゆかり、ありがとう」

 

「ゆかり本当にごめんね」

 

「お父さんのした行動がどれだけあなたを傷つけていたのか正しく理解出来ていなかった事、本当にごめんなさい」

 

 

あー!!!凄く嬉しい!!!数ヶ月前にはこんなに理解してもらえるとは想像もしてなかったのですから(≧∇≦)

 

なのに私は欲深い!なんでもっと早くにわかってくれなかったのー!?と思ってしまうの

です(苦笑)

 

贅沢言っちゃあいけないですね!今の状況に感謝しないと〜〜☆私達、母娘やっと本当の親子になれるような気がします(๑╹ω╹๑ )

 

ん〜〜)^o^(頑張るぞ〜〜^_−☆

 

次は強敵!父親!の記事を書いていきます!

 

 

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30年間理解なかった母親が理解ある母親になるのに必要だった事③

前回のブログの続きです。

 

私が父親に受けた性虐待から後の30年間と母親が過ごして来た30年間はあまりにも考えの温度差があり私は困惑しました。母親に理解してもらう事はもう私には不可能な作業の様に感じました。母親にとっての30年は性虐待などうちの家には無かったかの様になっていました。

  (私の受けた性虐待は 性虐待① 性虐待② 性虐待③ に詳しく買いてます。リアルな内容もありますのでフラッシュバックに気をつけて下さい)

 

性虐待を理解してもらうのには先ずは母の中にある父親(夫)に対する洗脳ともいえる支配からのコントロール共依存、母親にとって父は常に正しく夫を敬い尽くし生きていくのが私の存在価値だと信じている生き方考え方を変える事から始めなくてはいけないと思いました。まさに男尊女卑社会を一つの家庭の中で実行してました。女性は口答えしない事が美しい姿だと思っていたところもあったのだとおもいます。私にも父親への口答えは一切許されませんでした。(今思うと口答えと言うより意見だったと思いますが父親の考えと違う考えを持つ事自体がご法度  笑)

 

近所の主婦友達が旦那さんの悪口を言うのを聞くことがあっても母親は一切父親の悪口を言う事はありませんでした。(悪口を言わない事はもちろん良い事ですが、現実、家庭内は理不尽な事から暴力が頻繁にあった訳ですから)

 

結婚してから47年間のパワハラからの洗脳を解くすべなど私には解らずもう諦めた方がこれ以上、母親の理解ない言動に傷つけられる事もなく心穏やかに生きていられる様に思いました。これから先の人生は親の存在を忘れ住所も告げずに引っ越しをしようと決めました。(今は実家の隣に住んでいます)

 

そう決めてもやはり諦めたく無い自分もいました。本当に不幸体質なんでしょうね。母親から傷つく言葉をどれだけ聞かされることとなるのか分からないけど今回こそは、母親の洗脳を解いてあげたい!!

 

私は子供の頃からずっと母親は可哀想な人だと思っていました。怒鳴られても叩かれてもどんなに家事を頑張っても褒められる事は無く母親は何が楽しく生きているのだろうと一緒に住んでいた18歳までずっと思っていました。

 

私は小さな頃、母親を今の生活から助け出したい。自由にさせてあげたい。私の大好きなお母さんを毎日笑顔にさせてあげたいと漠然と思っていました。精一杯おどけて見たりして笑わせたりサプライズ的に喜ばせる事もあれこれ考えたことをうっすら覚えています。(楽しかった思い出はほとんど思い出せません。子供の頃の記憶は親から受けた嫌な事がほとんどです。楽しかった事もたくさんあったはずなのに・・・)

 

そんな母親に対する優しい気持ちも父親からの性虐待を母親に打ち明けた中学2年、母親は私の味方になってくれなかった瞬間、瞬間冷凍されてしまいました。14歳〜16歳位まで私は積み木崩しのごとく反抗的になり少しの事で切れて叫びまくってました。(心優しいゆかりちゃんはホントいなくなりました。こんなに急激猛スピードで反抗的になった私に周りの大人は怒るばかりで一人も理由を聞いてくれなかったな〜先生も)

 

母親に残された人生は後二十年か三十年かわかりませんが、正しい道を自分の足で歩み生きて欲しい。それに気づかせてあげられるのは私しか居ないと思いました。

 

その頃の母親は週末は自分の家で過ごし平日は徳島の実家に帰り自身のお兄さん(私の叔父)と祖母の自宅介護をしていました。母親は自分の足も悪くしていて膝が痛いと言いながらも自宅介護を初めて一年間、先日祖母が亡くなるまで一度も辛いなどと愚痴を言うことはありませんでした。本当に優しく我慢強い母親なんです。なのに父親の罪を認める事が出来ず正面から向き合えない、父親を否定する事は自分の結婚生活47年全てを否定する事になるのでしょう。

 

母親に父親の性虐待がどんなものだったかを知ってもらい理解してもらう事は母親を苦しめ悲しい思いをさせてしまう事になるのかこのまま父親に尽くしながら命終わるまで過去に向き合わず生涯を終える事の方が母親にとっては幸せでは無いのかという葛藤も強くありましたが私自身大好きな母親に目を覚まして欲しい願いから私は母親にメールをしました。

 

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私 「今日徳島に行くので叔父さんと一緒に私の話を聞いて欲しい」
母 「 今は介護で大変なのでちょっと待って欲しい」

私    「いや、今だから聞いて欲しい。私、行くから」

 

と半ば強引に祖母の家に向かいました。

 

今までの様に過去に蓋をして仲の良い親子を演じるよりも叔父さんにも聞いてもらう事で母親も私自身も過去から逃げられない、母と一緒にこれから先、傷つけ合う事になってもそれでも母親に理解してもらう努力を諦めない!と決意しました。

 

九時近かったでしょうか、祖母はもう寝ていました。祖母の寝ている隣の部屋の食卓に叔父、母、私と座り子供の頃からの事を私は話、今後私は実名を出して児童性的被害者を守りこれ以上被害者を出さない活動に携わりたい。と言いました。今日、私が来る目的を母親から叔父さんに話してくれていたので叔父さんは私の話を冷静に聞いてくれました。

その都度、母親に「なんで気が付かんのか!それは、いつもそばにいた母親が気付いてあげるべきことだ。お前が悪い!」と言ってくれました。母親は、「実名を出して受けて来た事を公表するのは待って欲しい。今はお父さんは自治会の方で責任がある事をしているからそれが終わるまで待って欲しい。じゃないとみんなに迷惑をかけてしまう。そちらが片付いたらお父さんときちんと話するから」と言いましたが、この事にも叔父さんは「そんな事は今回のゆかりの話とは別の事で待ってくれと言うことではない!」とはっきり言ってくれました。叔父さんは細かいところまで説明しなくても私の気持ちを汲み取りながら話を聞いてくれました。

 

本当に嬉しかったな〜

 

私の事、理解してくれる人がいる。

 

中立の立場で話をしてくれる。話をして良かったと心底思いました。

 

私は「遅い時間までおじゃましました。おばあちゃんの介護で大変な時にこんな話を聞いてくれありがとうございます」と徳島のおばあちゃんの家を後にしました。

 

伯父とは特別、交流が深いわけでもなく今まで年に数回かのペースで会うぐらいです。なのに全然母親よりも話をわかってくれる。なんなんだろう、この違い。

 

母は何度も私に言います。「お父さんがあなたにした事はいけない事だけど良いところも他に沢山ある」

 

その度に私は悲しい気持ちになります。

 

良いことをしていれば悪い事に対しての刑が軽くなるの?

 

だとしても被害を受けた者から見ればそんな事は関係ありません。

 

ただ有るのは受けた被害の事への心の傷です。

 

 

この犯罪をあなたは加害者の奥さんの立場で見ていて被害者の母親からの立場で見ようとしてくれて無い。赤の他人が自分の娘を何度も言いくるめてレイプしていたら相手にも良いところがたくさん有るなど思うだろうか?

良いところがあったとして思うのは勝手だが私には言葉にして言わないで欲しい。遠回しに良い人なんだから許してあげてと言われている様で辛い。これって私の被害者意識が強すぎなのかな・・・

 

すいません、タイトルとズレ愚痴っぽくなりました:(;゙゚'ω゚'):

 

 

次のブログに続きます。

 

 

こんなつたない文章をたくさんの方に見ていただき申し訳なく思いながら感謝の気持ちでいっぱいです。

ありがとうございます。

色々な方に家庭で起こった児童性虐待が知ってもらいたい。

もっと今まで本をたくさん読んで上手く気持ちを伝られる様勉強しておけば良かったと思います。まさかこんな日が来るとは思いませんでした。私自身、死ぬまで誰にも話を出来る事ではないと思ってました。

もし私と同じ境遇の方も見ていただいてましたら一緒に胸を張って生きて行きましょうね。と伝えたいです。

 

 

 

 

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30年間理解の無かった母親が理解ある母親に変わるために必要だったこと②

前回の記事の続き

 

昨年12月はじめ頃、仕事から帰り夜、母親に「私、性虐待を受けて育った事を隠さず公表して私のような被害者が今後出ないようにする活動をして行きたい。私の様な被害者が現実に実父親から性的虐待をされていた事を言いださなければ事実に気付いてもらえない。無かった事になってしまう。お母さんに言ってはいけないと言われていたけど、もう約束を守れない」と告げました。

 

 (私の受けた性虐待は  性虐待① 性虐待② 性虐待③ に詳しく買いてます。リアルな内容もありますのでフラッシュバックに気をつけて下さい)

 

この時の母親の返事がまたまた予想外。

 

母「そんなにまだ悩んでるの?うんと小さい頃の事でしょ」

 

私「小さい頃って中学二年までだけど」

 

母「嘘、幼稚園とかでしょ」

 

私「幼稚園の頃から中学二年まで。幼稚園の頃      だけだったら挿入までにならんやん」

 

母「嘘、お父さんそんな事したの?」

 

え?この人何言ってんの?

何を今更・・・

 

もう私何と言って良いのかわからなくなりました。今まで何度か話したしこんな重要な事、忘れられる人がこの世の中にいるの???

 

私が性虐待被害者を無くす活動をしたいとかと言う話以前に、母親は初めて知ったと言いながら悲しみに打ちひしがれています。

 

え???本当に知らなかったの?

ショック過ぎていつも記憶から消されるの?

忘れたふり?

にしては演技上手すぎだし・・・

 でも知らなかったのなら今までの母親の何も無かったかのように父親と生活していた事も納得出来る。

と言うことはやっと知ってくれたのだからこれから変わってくれるはずだ。

三十年間長かったけどやっと母親の愛情を感じて行きていける。

 今、目の前で娘の受けて来た性虐待を知り泣いてくれている母親こそが本当の母親なのかな。

 

母親に対して今まで持っていた不信感や絶望感などのわだかまりが消え許すことが出来る様に思いました。

 

母親に幼少期から中学までの受けて来た被害を全て話ました。母親はうつむいたまま真剣に聞いてくれて「今まで気が付かずにごめんね。辛かったね」と言ってくれました。

 

三時間くらい話をして11時近くになりまだショックを受けてうなだれた様子で心配だったのと、今は母親も父親の顔を見たくないと思っているだろうなと思い私は「泊まってく?」と聞きました。母親から出た答えは私の予想を180度裏切りました。

ニッコリしながら「あっ、もうこんな時間!早く戻らないとお父さんに心配かけちゃう。可哀想だから帰るね!」

だって。

 

、、、、(´;ω;`)

なに言うとん(;o;)可哀想って??

可哀想なんは私やろ?

心配かけるってここ隣やし!

隣の娘の家におるんやし!

心配やするかあ!!!

 

心の中で叫びました(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

 

この人どこまで洗脳されてるの(泣)

 

天国から地獄に突き落とされるとはまさにこの事!!!

ちょっと待て!!!

 

この時は私も食い下がりました。いつもならこの時点で諦めちゃってました。母親が可哀想になって来るのと、これ以上言ったら母親に嫌われちゃうんじゃないかとか所詮母親も私じゃ無いんだから私の気持ちなんか分かりっこ無いと言う思いが先に来ちゃって・・・

 

私「いつまでお母さんはこの問題から逃げるの?どうして正面から見ようとしないの」

 

母「過去のことじゃ無い。いつまでも気にしていたら前に進め無いじゃない」

 

と言って隣の父のいる家に帰っていきました。

私は母が帰った後、号泣しました。

私の人生なんなん!

ここまで自分の母に理解してもらえず何で産んだん!?

そんなに子供の立場になって考えんのやったら産まんといてよ!

無責任すぎやわ!

いつまで私は一人で苦しみ立ち向かっていかなあかんの(泣)

いつまで私の叫びを母親は無視し続けとくん(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

 

 

声を出して大泣きしました。その夜は一睡も出来ませんでした。

 

次の日は目を腫らして仕事に行きました。四十半ばになってもまだ辛い。

 

なんなん私の人生.・・・

 

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次の記事に続きます。

 

 

 

★たくさんの心温まるコメントありがとうございます。皆様のコメントに励まされたくさんの勇気をいただいております。お一人お一人にお返事をさせて頂きたいのですが、コメントを公開させてもらっても良いものかわかりませんのであえて控えさせてもらっております

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