性的虐待‥性虐待はなぜ起きる

私は実父親に幼稚園から中学2年まで性虐待を受けて育ちました。一見普通に見える家庭内で起こった犯罪。私の家庭で何が起こっていたのかを冷静に振り返りこれからの子供達を性的虐待から守ることが出来るのか、不幸にも私と同じ様な体験をしてしまった人達には何が必要かを考えて行きたいと思います。

ブログに訪れた方はまずこちらをご覧下さい。

30年理解のなかった母親が理解ある母親になるのに必要だった事③

【この記事は母親へ理解を求めていつかは自分を産んでくれた母親なのだから私の痛みをわかってくれるはずと頑張っていた頃に書いたものです。1年近くかけて話し合った結果、私の望む母親像は彼女の中にはありませんでした。残念な事ですが、被害を打ち明けた14歳の時に守ってくれなかった時点でその事は証明されていたのに、私自身が受け入れるのに30年もかかってしまったようです。どうか娘から家族の中に加害者がいる事を打ち明けられた時は全力で娘さんを守ってあげて下さい。どうにか取り繕って家族を続けていけるのではないのかという甘い考えは捨てて下さい。打ち明けた時の周りの大人の対応でその後の被害者の心の回復は大きく変わってきます】

 

 

 

 

前回のブログの続きです。

 

私が父親に受けた性虐待から後の30年間と、母親が過ごしてきた30年間はあまりにも考えの温度差があり、私は困惑しました。

 

母親に理解してもらうことは、もう私には不可能な作業のように感じました。母親にとっての30年は、性虐待などうちの家にはなかったかのようになっていました。

 

  (私の受けた性虐待は 性虐待① 性虐待② 性虐待③ に詳しく買いてます。リアルな内容もありますのでフラッシュバックに気をつけて下さい)

 

性虐待を理解してもらうのには、先ずは母の中にある父親(夫)に対する洗脳ともいえる支配からのコントロール、共依存、母親にとって父は常に正しく、夫を敬い尽くし生きていくのが私の存在価値だ、と信じている生き方考え方を変える事から始めなくてはいけないと思いました。

 

まさに男尊女卑社会を一つの家庭の中で実行してました。女性は口答えしないことが美しい姿だと思っていたところもあったのだと思います。 私にも父親への口答えは一切許されませんでした。(今思うと口答えというより、意見だったと思いますが、父親の考えと違う考えを持つこと自体がご法度、笑)

 

近所の主婦友達が旦那さんの悪口を言うのを聞くことがあっても、母親は一切、父親の悪口を言う事はありませんでした。(悪口を言わない事はもちろんいいことですが、現実、家庭内では理不尽な事からの暴力が頻繁にあったわけですから)

 

結婚してから47年間のパワハラからの洗脳を解くすべなど私にはわからず、もう諦めた方がこれ以上、母親の理解ない言動に傷つけられることもなく、心穏やかに生きていられるように思いました。

 

これから先の人生は親の存在を忘れ、住所も告げずに引っ越しをしようと決めました。(今は実家の隣に住んでいます)

 

そう決めても、やはり諦めたくない自分もいました。本当に不幸体質なんでしょうね。母親から傷つく言葉をどれだけ聞かされることとなるのかわからないけど、今回こそは、母親の洗脳を解いてあげたい!!

 

私は子供の頃からずっと、母親は可哀想な人だと思っていました。怒鳴られても叩かれてもどんなに家事を頑張っても褒められることはなく、母親は何が楽しく生きているのだろう、と一緒に住んでいた18歳まで、ずっと思っていました。

 

私は小さな頃、母親を今の生活から助け出したい。自由にさせてあげたい。私の大好きなお母さんを毎日笑顔にさせてあげたいと漠然と思っていました。精一杯おどけてみたり、笑わせたり、サプライズ的に喜ばせる事もあれこれ考えたことをうっすら覚えています。(楽しかった思い出はほとんど思い出せません。子供の頃の記憶は親から受けた嫌な事がほとんどです。楽しかったこともたくさんあったはずなのに・・・)

 

そんな母親に対する優しい気持ちも、父親からの性虐待を母親に打ち明けた中学2年、母親が私の味方になってくれなかった瞬間、瞬間冷凍されてしまいました。

 

14歳〜16歳位まで私は積み木崩しのごとく反抗的になり少しの事で切れて叫びまくってました。(心優しいゆかりちゃんはホントいなくなりました。こんなに急激猛スピードで反抗的になった私に、周りの大人は怒るばかりで、一人も理由を聞いてくれなかったな〜先生も)

 

母親に残された人生は後二十年か三十年かわかりませんが、正しい道を自分の足で歩み、生きて欲しい。それに気づかせてあげられるのは私しかいない、と思いました。

 

その頃の母親は週末は自分の家で過ごし、平日は徳島の実家に帰り、自身のお兄さん(私の叔父)と祖母の自宅介護をしていました。母親は自分の足も悪くしていて膝が痛いと言いながらも自宅介護を始めて一年間、先日祖母が亡くなるまで、一度も辛いなどと愚痴を言うことはありませんでした。本当に優しく、我慢強い母親なんです。

 

なのに、父親の罪を認めることができず、正面から向き合えない。父親を否定することは自分の結婚生活47年、すべてを否定することになるのでしょう。

 

母親に父親の性虐待がどんなものだったかを知ってもらい、理解してもらうことは、母親を苦しめ悲しい思いをさせてしまう事になるのか、

 

このまま父親に尽くしながら命終わるまで過去に向き合わず、生涯を終えることの方が母親にとっては幸せではないのか、という葛藤も強くありましたが、私自身、大好きな母親にどうか目を覚まして欲しいという願いから、私は母親にメールをしました。

 

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私 「今日徳島に行くので叔父さんと一緒に私の話を聞いて欲しい」
母 「 今は介護で大変なのでちょっと待って欲しい」

私    「いや、今だから聞いて欲しい。私、行くから」

 となかば強引に、祖母の家に向かいました。

 

今までのように過去に蓋をして仲の良い親子を演じるよりも、叔父さんにも聞いてもらう事で母親も私自身も、過去からは逃げられない、母と一緒にこれから先、傷つけ合うことになっても、それでも母親に理解してもらう努力を諦めない!と、決意しました。

 

九時近かったでしょうか、祖母はもう寝ていました。祖母の寝ている隣の部屋の食卓に叔父、母、私と座り、子供の頃からのことを私は話し、今後、私は実名を出して児童性的被害者を守り、これ以上被害者を出さない活動に携わりたい、と言いました。

 

今日、私が来る目的を母親から叔父さんに話してくれていたので叔父さんは私の話を冷静に聞いてくれました。その都度、母親に「なんで気がつかんのか!  それは、いつもそばにいた母親が気づいてあげるべきことだ。お前が悪い!」と言ってくれました。

 

母親は、「実名を出して受けてきたことを公表するのは待ってほしい。今はお父さんは自治会の方で責任がある事をしているから、それが終わるまで待ってほしい。じゃないと、みんなに迷惑をかけてしまう。そちらが片づいたら、お父さんときちんと話するから」と言いました。

 

この事にも叔父さんは「そんな事は今回のゆかりの話とは別の事で、待ってくれと言うことではない!」と、はっきり言ってくれました。叔父さんは細かいところまで説明しなくても、私の気持ちを汲み取りながら、話を聞いてくれました。

 

本当に嬉しかったな〜

 

私の事、理解してくれる人がいる。

 

中立の立場で話をしてくれる。話をしてよかったと、心底思いました。

 

私は「遅い時間までおじゃましました。おばあちゃんの介護で大変な時に、こんな話を聞いてくれ、ありがとうございます」と、徳島のおばあちゃんの家を後にしました。

 

伯父とは特別、交流が深いわけでもなく、今まで年に数回のペースで会うぐらいです。なのに母親よりも全然、話をわかってくれる。なんなんだろう、この違い。

 

母は何度も私に言います。「お父さんがあなたにしたことはいけないことだけど、いいところも他にたくさんある」

 

その度に私は悲しい気持ちになります。

 

良いことをしていれば、悪いことに対しての刑が軽くなるの?

 

だとしても被害を受けた者からみれば、そんな事は関係ありません。

 

ただあるのは、受けた被害のことへの心の傷です。

 

この犯罪を、あなたは「加害者の奥さん」の立場で見ていて、「被害者の母親」からの立場で見ようとしてくれてない。赤の他人が自分の娘を何度も言いくるめてレイプしていたら、相手にもいいところがたくさんある、など思うだろうか? 

 

良いところがあったと思うのは勝手だけれど、私には言葉にして言わないで欲しい。遠回しに「良い人なんだから許してあげて」と言われているようで、辛い。これって私の被害者意識が強すぎなのかな・・・

 

すいません、タイトルとズレ愚痴っぽくなりました:(;゙゚'ω゚'):

 

 

次のブログに続きます。

 

 

こんなつたない文章をたくさんの方に見ていただき申し訳なく思いながら感謝の気持ちでいっぱいです。

ありがとうございます。

色々な方に家庭で起こった児童性虐待を、知ってもらいたい。

もっと今まで本をたくさん読んで上手く気持ちを伝られるよう、勉強しておけばよかったと思います。まさかこんな日が来るとは思いませんでした。私自身、死ぬまで誰にも話せることではないと思ってました。

 

もし私と同じ境遇の方も見ていただいてましたら一緒に胸を張って生きて行きましょうね。と伝えたいです。

 

 

★たくさんの心温まるコメントありがとうございます。皆様のコメントに励まされたくさんの勇気をいただいております。お一人お一人にお返事をさせて頂きたいのですが、コメントを公開させてもらっても良いものかわかりませんのであえて控えさせてもらっております

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