性的虐待‥性虐待はなぜ起きる

私は実父親に幼稚園から中学2年まで性虐待を受けて育ちました。一見普通に見える家庭内で起こった犯罪。私の家庭で何が起こっていたのかを冷静に振り返りこれからの子供達を性的虐待から守ることが出来るのか、不幸にも私と同じ様な体験をしてしまった人達には何が必要かを考えて行きたいと思います。

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性虐待③・・・私の家庭でなにが起こっていたのか

 

 このブログはノンフィクションです。私と同じ様な被害に遭われた方が読まれるとフラッシュバックする内容があります。ご注意ください。

 

 

 

 

 

中学生

中学生になり好きな男の子もできるようになって、少しづつ自我が目覚めてきました。考えることを辞めていた父親との関係に不信感がどんどん募るようになり、勇気を出して友達にそれとなく聞いてみました。友達はすごく驚いた顔をして「今!なんて言った?!」と聞き返され、私もあわてて「なんでもない!じょーだん!」と言ってしまいました。でもその友達の反応で、これはとんでもないことかもしれない、と感じました。

 

頭ではわかっていても、なかなか嫌だと言うことができませんでした。父親に嫌だと言うことで、自分の居場所がなくなると思いました。きっと母親も知っている。私のことを憎んでいるに違いない、私は一人ぼっちになってしまう、という恐怖になかなか勝つことができませんでした。逃げ出したいのに、私には一人で生活するすべがないことを恨みました。今なら児童相談所に行くことも考えられたと思いますが、その当時は何処を頼ればいいのか調べることもできず、警察にいけば家族がばらばらになってしまうんじゃないかと思い、我慢するしか生きる方法がないようなに思えました。行為に嫌悪感をいだきながらも触られることで気持ちよく感じ、場に流され許していたところもありました。

 

その頃、保健体育の授業で性教育があり、初めて自分の身体の構造を知りました。お尻には尿道、肛門の他にもう一つ膣口という穴が自分の身体にあることを知りました。そこに男性の性器を挿入することで赤ちゃんができることがわかり、私はどこまでのことをしてしまっているのかわからず、パニックになりました。されるがままだった自分が愚かだった、と自分自身を責めました。

 

私が中学ニ年の夏、家の増築をするからと六畳のプレハブ小屋で二ヶ月程生活をすることになりました。親子三人で川の字になって寝ました。そんな状況でも父親は我慢できないらしく、行為をしてきました。母親が気がつかないわけがない。なのに何も言わない母親は、大人なのにどうしてそこまで自分の気持ちを言えず我慢するのだろう、惨めな人。こんなふうにはなりたくない。という思いと、こんな状況下でも行為を求める父親に、さげすんだ感情がはじめて湧いてきました。私は大人を見下すようになっていきました。

 

学校の先生も両親もあなたのために言ってあげていると恩着せがましく言いながら、結局は自分の都合でしか物事を考えられない、自分に不利益なことはごまかしてでしか生きられない生き物なのだ、私は絶対そんな大人にはなりたくたい! 私の気持ちなど誰にもわかるはずがない。周りの大人はわかる努力もしようとしない。中学を卒業したら、仕事して自立しようと決心しました。二年の終わりから生理が始まりました。

 

やっと父親に「ヤメて」と言えるようになりました。私は両親がいなくても生きていけると思うようになり、父親を拒絶することができるようになりました。父親はなかなか諦めてはくれませんでした。私が寝ていると部屋に忍び込んできては触ってきましたが、私が怒ると何もしてない、ととぼけるようになり、そんなことを繰り返しながら、父親と私の間違った関係は終わりました。

 

同時に今までしてきたことがどれだけいけないことで取り返しのつかないことなのかもわかるようになっていきました。


頭の中がぐちゃぐちゃで、もう処女ではないかもしれない、大切なものを醜い父親に渡してしまっているかもしれない。恐らく最後までしているのだろう、と後悔と絶望と羞恥心、自分への嫌悪感、負になるすべてのものが、一気に私の上にのしかかってきました。毎日、私のような腐った人間は死ななければいけないと思いながら、怖くて死ねない自分を責めました。こんなに死にたいのに、ご飯を食べる自分を軽蔑しました。

 

すべてのことが長い悪夢であってほしいと毎晩泣き疲れて眠り、気がつくと朝がきて、現実に連れ戻され、起きてしまったことは現実なんだと再認識させられ、逃げ場のない現実に心はズタズタに切り裂かれていきました。


どうして私は嫌だと言わなかったんだろう。どうして父親は私にそんなことをしたのだろう。どうして?どうして?どうして?とどうしてが何千回も何万回を頭の中をグルグルと回って頭が痛く吐き気がしました。

 

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学校生活も一変しました。それまでは弱いながらもテニス部で頑張っていましたが、部活も休みがちになりました。勉強もまったく手がつかず、成績はどんどん落ちていきました。元々、親に喜んでもらいたくて頑張っていたので、頑張る目的がなくなりました。

 

言葉遣いから、つきあう友達から、なにもかも変わっていったと思いますが、周りの大人は誰一人、私の変化に怒るばかりで理由を尋ねることはありませんでした。


父親に私の生活態度を注意されると、自分のしてきたことを棚に上げ、私にとやかくどうして言えるのか、と腹が立ちました。父親が手をあげると、私も父親に掴みかかるようになり、母親がどうしてそんな態度をとるのかと叱ってきました。家庭内暴力を繰り返しました。

 

母親には早くから相談したかったけど、母親がもし知らなかったのなら私が言ったことで母親を傷つけてしまう。という思いがあり、なかなか言い出すことができませんでした。


そんな父親と母親と私の言い争いで家庭は崩壊寸前でした。
どのみち崩壊するのなら母親に謝り、きちんと話をしてわかってもらわなくてはいけない、わかってくれるはずだと思い、言う覚悟をしました。すべてを話せば当然、私の味方をしてもらえると思っていましたが、これは私の甘い考えでした。

 

父親は自分は家を出て一人暮らしをすると言いました。私はこれでやっと安心して生活が送れる、これからは弱い母親を私が守っていこう。母親と二人で幸せになろう。やっと悪夢から解放される。これですべてが終わりになるのだ。と、母親から父親を引き離してしまう代わりに私が母親を幸せにしようと誓いました。

 

ところが母親から「私はお父さんと離婚する気も離れて暮らす気もまったくない」と言われてしまいました。

 

母親はあっさりと父親を許してしまいました。
「お父さんと話をしたけど、あなたが誘ったらしいじゃない。どうしてそんなことしてしまったの? 私も大学生の頃、一度、自慰行為をしてしまって、そのことを今でも恥ずかしく思い、後悔してるの。だから誰にでも間違いはあるし、人には言えないことの一つや二つはあるのものなのよ。早く忘れなさい。お父さんはあなたが可愛くって、あなたが他の男性を誘うようなことがあってはいけないからと、自分がその役を仕方なくしたって。でもそれであなたが傷ついたのならごめんなさいって言ってたわよ。今回のことがお父さんじゃなく、他人の男の人だったらもっと大変なことになっていたわよ。今回のことは愛があってのことだから、お父さんの気持ちもわかってあげて。許してあげて。この事が世間にバレてしまうと家族がバラバラになり、あなたもお母さんもご飯を食べられなくなるから黙っとくのよ」私が予想していた結果ではなく、父親を擁護する言葉でした。

 

確かにそこには愛があったと思います。でもその愛は、娘を思う親の愛ではなく、父親の自分に対する自己愛。自分の性欲を満たすためのものでしかありませんでした。中学生の私にはそんな客観的な判断などできず、母親の言葉をただ聞くことしかできませんでした。

 

父親自身は私に誘われて仕方なく行為をしたと思っている。こんなに辛い思いをしていることすべてが自分の行動からくることだったのだ。いちばん愚かな人間は、私だったのだ。地獄に突き落とされました。この時の母親の行動と言葉が、この先何十年も苦しみから抜けられない大きな要因となりました。


私が唯一甘えられる大人は、母型の祖母でした。私は祖母に泣きじゃくりながら訴えました。祖母を悲しませることへの罪の意識から内容の半分も言えませんでした。大正生まれの祖母に当然わかってもらえるはずもなく、私が怖い夢を見たのだといわれ、話は片づけられてしまいました。

 

生きることへの絶望感で息をすることがやっとだった私には、母親の言葉を冷静に対処できる観察力も洞察力もありませんでした。沸き起こる感情をうまく伝える言葉を知らなかった15歳の私は、どう説明していいのかわかりませんでした。父親だけに責任を押しつけられない私も共犯者だ。だから父親のしたことは忘れなければいけない。許さなければいけない。確かに父親は無理矢理ではなかった。私は父親に生かせてもらう代わりに、長い間身体を許してきた娼婦だった。もっと早くに嫌と言って家を出る勇気が持てなかった自分への惨めな気持ちや怒りや悲しみに手を余し、毎日死にたいと思いながら泣きました。

 

この時、私の心は性的虐待によって殺されました。

 

 

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